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カテゴリ:花( 4 )


2017年 02月 01日

相聞奏華

久しぶりに逢う 師匠の花
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かわいらしいです。
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お花のお師匠さま。
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知事に市長に国会議員にアーティストに大学教授にお坊さんに宮司さんなど、
たくさんのお客さまを招いて、かわいいお花に囲まれた恒例の盛大な新年会。
ますますお元気そう。

by eight-ten | 2017-02-01 01:41 | | Comments(0)
2011年 11月 22日

いけばなと墨絵と光と音のコラボレーション

神戸ビエンナーレは明日11月23日が最終日。
昨日は、いけばな未来展に出展する友人たちのいけこみの手伝いに行ってきた。
何もない真白な状態から、作品ができあがっていく様子を順に写真におさめようと思っていたのだけど・・・。
朝一番に会場に行くと、仁王立ちになっている師匠の大きな姿。
緊張感の中で写真を撮っている余裕などなく、設営といけこみ。
なんとか師匠の厳しい眼も無事クリアして、
開場の10時にはすっかり完了してお客様のお迎えとなった。
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いけばなの起源は、中世。
乱世の時代に、人々の魂の供養や心の慰めにと、仏に仕える僧が野で花を摘み、瓶に立て、経を唱えたことから始まったと言われている。
能や茶道などの伝統芸能の発祥と、時期や成り立ち方において共通点が多い。
その後は、床の間を舞台に発展してきた。
光や影、背後の軸、香り、音 など、その場に存在する様々なものとの関係性なしでは成り立たない、日本の日常の中の環境芸術。
「いけばな」自体が作品として主役なのではなく、催される行事を盛り上げる要素のひとつであったり、季節のしつらいだったり、来客へのもてなしの心の表現だったり。
また、花をいける行為そのものが、神事や仏事でもある。
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今回はいけばな展なので、いけばなが主役には違いないが、
花をとりまく環境そのものの変化で、刻々と姿を変える花の姿を経験することができる。

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光がないと人間は色を認識できない。物体が光を反射することで色は初めて存在する。
物体の表面が光の中のある波長を反射し、その反射光が人間の脳に届いて人間は色を認識する。
様々な色の光を浴びて表情を変化させる花のどの姿も、それぞれが正しい姿だ。

花も建築も、光や影や音と影響しあって環境を形づくる要素の一つなのだと思う。

今回は、嵯峨御流神戸の若手?メンバーによるいけばな、
和井田行彦さんの墨絵アート、
西村直樹さんの映像によるプロジェクション、
音楽は鈴木祐美子さんの作曲。
このコラボレーションで虚構と現実が交錯する空間が現れた。
でもすべてが現実。
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by eight-ten | 2011-11-22 20:38 | | Comments(6)
2011年 05月 01日

春のブロック

兵庫県いけばな展「美をたしなむ」が4月に神戸大丸で行われた。
すごいタイトルにビックリした。

このいけばな展は、普通にお稽古をしているだけの一般の弟子にとっては、
見る事はあっても参加する機会はほとんどないイベント。
出瓶するのは、流派の家元か役員クラス。
季節を先取りした様々な珍しい花材、素晴らしく高価な花器、超絶技巧を駆使した形態。
さながら、美の競演・・・流派の競演か。
私はこの百貨店のいけばな展が好きではない。
作品が所狭しと並び、照明も大雑把で、肝心の花が美しく見えない。
いつも多くの人で込み合い、楽しんで観るような余裕もない。
客のほとんどがいけばな関係者だろう。

展覧会の位置づけがきっと違うんだろうな、と思う。
ここで何をどのように見ればいいのか、いつも悩む。

そこへ、
嵯峨御流の若手?精鋭5名が、またやってくれた。
いわゆるいけばならしい作品が並ぶなかで、異彩を放ちまくり。
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たくさんの小さいシンプルな花器に、数少ない花たち。
一つ一つの花はそれぞれに美しさを際立たせ、強いオーラを感じる。
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テーマは、春のブロック。
この作品は、1辺10センチのブロック型の白黒の花器を150個使って構成されている。
花器は、数年前に師匠が数百個制作して、すべて弟子や関係者のもと引き取られたものだ。
今回、この展覧会に出瓶するに際し、5人で手分けして150個を集めて回ったそうだ。
2個1セットだから、70人以上の人間がこの作品に協力したことになる。
私の花器もこのどこかで頑張ってる。
たくさんの人の思いが一つ一つ積み上げられて
もこもこ、にょきにょき、地面から生えて、一つのかたちになった。

見ていると、いろんなことが連想される。
春に土から顔を出す植物たちの生命力。
荒野に少しづつ建物が建ち、そして群になり、増殖して街になっていく様子。
今だから震災のイメージも。
復興した神戸、これから復興へと向かう彼の地。
花と対話っていうと大げさだけど、花がいろんなことを語りかけてくるように感じるし、自分の気持ちも刺激されるのがわかる。

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百花繚乱のミュージアムの端っこで、異質なパワーを発しておりました。



花器を貸したお礼にと、レンズ豆をレシピつきでもらった。
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「レンズ豆ともやしのスープ」。
エイトにも作ってあげるからね。玉ねぎ抜きだね。

by eight-ten | 2011-05-01 03:00 | | Comments(6)
2011年 03月 08日

春がきらり

友人のいけばな展を観に行った。
「神戸ビエンナーレ2011」にも参加予定の
神戸の嵯峨御流の若手?精鋭メンバー。

嵯峨御流いけばな展 「春がきらり」
元町のギャラリー10にて。

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単体のいけばな作品としての完成度を追求するのではなく
空間そのものをフィールドとしてとらえ、花をいける。

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見なれた小さなギャラリーが別世界になった。

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きらきらした花の生命力に元気をもらえる。
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私も神戸の嵯峨御流でいけばなを17年学んだ。
今はしばらく休会中。

友人たちが仕事や家庭で忙しい時間をやりくりしながら
いけばな活動を続けていることに頭が下がる。


私は再開は難しいかなあ。
エイトの世話が忙しいしねぇ。

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by eight-ten | 2011-03-08 01:26 | | Comments(2)